時間をかけたという事実

最近、コーヒーを飲む機会が増えた

せっかく飲むのなら、美味しい方がいいと思う。

美味しくいれるための情報を集め、技術を練習する。
インターネットで簡単に情報を手に入れることができるので楽ですね。

しかし、楽ではないのが
味、風味などなど
豆の種類などなど…

鼻や舌での、体験を繰り返し
美味しいコーヒーというものにたどり着けるのだと

せっかく飲むのなら、美味しい方がいいと思う。

のだが、

美味しいとは思うが
「これが最大?」なのかどうか、正直わからないところがある。。。
経験も少ないし、味覚に自信があるわけでもない。

 

それでも、豆から淹れたコーヒーは美味い。
いいにおいだし、
ちょっと時間をかけてコーヒーを用意する自分はなんかいい。

 

それをしたいがために、先日購入した、お気に入りのコーヒーミル

 

だから、いつもより少し早く起きなきゃいけないし

いつもより時間がかかるし、余計な洗い物が増える。

 

でも、かけた時間で得られるものもある

なんかお湯をかけるとプツプツと泡?が出るが、これはガスらしい

コーヒー豆が生きている証拠だという

新しい発見やコーヒー豆を変えれば香りや味も違う、

プロじゃないので毎回少しずつ味も違う気がする

この体験が毎回楽しい、うまく行ったり失敗したり…

 

 

そして、なるべく誰かの分も一緒に作るようにしている。

家でも会社でも

「俺の話は長い」というドラマの影響である。

お気に入りのドラマなので、是非みて欲しい。

しかし、断られることも多い…

 

余計な洗い物としては、コーヒーミルを分解して洗うという手間があるがこれも

なんだかカッコイイ

ルパン三世の次元大介がワルサーP38をメンテナンスしているような、かっこよさを自分に感じている。

 

毎朝コーヒーをいれるなんて

本格的っぽくて、カッコイイ。

プロの技や味はそこにはない。

 

でも、確実に時間をかけたという事実がそこにはあって。

その時間によって、豊かな朝を過ごせている。

 

それを誰かにもお裾分けすることで、「ありがとう」「美味しい」と感謝されることがある。

 

ちょっと時間をかけて、ちょっと贈ることでなんだかイイ気持ちになれるんだなと思う今日この頃

 

「豊かな時間ってのはそういうことだよ」と購入元の店主が言っていたのを思い出した。

 

 

 

mihara village(購入元)

 

 

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